絵を描いている




絵を描いている



 絵を描くのがとりわけ好き、というわけではないんです。毎日絵を描くとか、暇さえあれば描いてるとかいうことはありません。描くのは必要が生じたときだけ。「使う」絵だけです。

 基本的にスケッチやデッサン、クロッキーをやりません。描けば描いただけうまくなるのはわかってますが、めんどくさい。

 こんな人間ですが、一度は絵で生活していくことを真剣に考えました。その時はさすがにまじめに「練習のための絵」を描いてました。とはいえ、具体的に職を得る努力をしたかというと、何もしなかったに等しい。人生と真剣に向き合ってなかった。

 アンソニー・ホプキンス主演の『マジック』という映画があった。手品師として成功しかけると、なぜか逃げてしまう。なんとなくわかる気がした。この映画は成功することに対する畏れを描いた唯一の映画だと僕は思っている。僕の場合は失敗することに対する畏れだけど。


 大学(京都産業大学経済学部)を出たときは虚弱な迷える羊状態。就職したものの、使える社員ではなく、人間的には半人前のそのまた半分程度。そのくせ、こんな人間を採用した会社に対する不満をブツクサ言って、辞めてしまった。

 情報処理工学院というところでソフトウェア開発を勉強した。自分の金と意志で何かに取り組んだのはこのときが初めてだった。次の会社ではソフトを作った。

 残業続きで忙しかったが、どう時間をやりくりしたのか、絵を描いてはいろんな形で展覧会に出していた。29のとき、個展を初めてやった。

 夢を追っていたというより、危機感があった。僕にできることといえば絵を描くか、ソフトを作るぐらいしかない。「ソフト屋40歳限界説」というのがある。仕事に就いても安閑としてられない。

 限界説が根も葉もない噂だということを今は知っている。四十代五十代で現役はいくらでもいるのだから。

 最初のころは具象(らしきもの)をやってたので、教室通いしてデッサンやクロッキーに励んだ。街中でも人物を描く。これはと思った人に頼み込んでモデルをしてもらった。遠慮というものを今の1割ぐらいしか持ってなかったころなので、知らない女性にも平気で声をかけた。

 アパートにも来てもらい、ポーズをとってもらった。横になったポーズを描いてたら、いつのまにか寝ていた。緊張感のない新米モデルには呆れた。

 若いころの非常識はそのまま行動力につながった。今は多少常識が身につき、遠慮というものがブレーキをかける。若いころにやれたことを今はなかなかできない。


 傍目にはのんきに絵をやってる人に見えただろうけど、切迫感は常にあった。名を成した人、あるいは成してない人でも、自分のスタイルというものを持っている。僕の目には同じパターンを踏襲してるだけに見えて、同一スタイルで描き続けることがどうしてもできなかった。

 個展ではさすがにばらばらはみっともないので揃えはする。ただしその個展一回きりの統一感。個展ごとにご破算で願いましてする。

 一つの個展でどうしても統一できず、しかたないので一人二人展をやったことがある。会場に来た人に「すべて同じ人が描いてるように見える」と言われた。意外な指摘だった。自分の個性は自分には見えないのか。


 あるとき、展覧会場で抽象画を見て衝撃を受けた。自分のめざす方向の、ずっと先にある絵だった。奥田葉子という若い人。名のある人ではない。プロでさえない。半端な技量なんてなんの値打ちもない。すっかりやる気をなくしてしまった。25年たつ今も、彼女が一流のアーティストになったという噂を聞かない。

 さまよいだし、18年前に退職してから、展覧会プロデューサーに終了宣言を伝えた。誰かに言わないとずるずる続けてしまいそうだった。「どのみちコイツはモノにならんだろう」と見透かされていたので、目でOKを伝えられただけだった。


 展覧会は20年近くやってないが、今も必要に応じてイラストやカットを描いている。インターネットという媒体と、パソコンという道具があるから。

 結局のところ僕が成し遂げたのはネットとパソコンの上にあるものだった。創作物は相変わらず雑多なゴミ一歩手前だが、膨大な構築物であるデータベースだけは誰にも成し遂げられなかったものだろうと思う。収入にはつながってない。生活はなんとかなってるので、金にならなくても気にしてない。

 個展をやるエネルギーは今、ない。何かやるとしたら、企画展に誘われて二三点出すぐらいだろう。

 野心をなくしてしまってるので、純粋に人を楽しませることしか念頭にない。やるときは知らせます。お気軽にお越しください。

ひょっこり通信 2012.9.9




船越屋画廊

長岡京市の裏百景 路上アートの世界 lane art gallery

映像アーカイヴ『路上アートの世界』 曲は『水兵のホーンパイプ』

イメージの光 ・・・物語を読者にイメージ喚起してもらうには

ミヤコちゃんの部屋(四コマ)

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